今回のゲストブログは、日本ヒューレット・パッカード社オープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリスト 古賀政純さんです。 この連載は今回が最終回となります。前回は、科学技術計算で使われるLinuxディストリビューションをご紹介しました。最終回の今回は、クリック操作でサービスの起動が可能な「ClearOS」(クリア・オーエス)について取り上げます。(2018年5月7日)
中小企業のためのLinuxディストリビューション「ClearOS」を知る
最近、米国においては、アプライアンス機器のように、クリック操作で様々なサービスを簡単に起動できるのが特徴的な「ClearOS」(クリア・オーエス)が話題です。ClearOSは、ClearCenter社が提供するLinuxディストリビューションであり、日本での知名度はあまり高くありませんが、その使い勝手の良さには定評があり、大企業のみならず米国の国防関連システムや中小企業にも導入が拡大しています。
直観的なWebベースのアプリケーションマーケットプレイスのGUIが用意されており、100個以上にのぼる主要なサーバー向けソフトウェアを簡単にインストールできます。また、マーケットプレイスのGUIから、セキュリティ関連のソフトウェアを選ぶことも可能です。修正プログラムやアップデートを入手でき、さらに、ロールベースやグループポリシーによるエンタープライズ利用で必要なアクセス制御の機能も搭載されています。
ClearOSは、大規模なサーバーシステムというよりは、むしろ、中小企業における小規模な部門サーバーシステム向けに設計されています。例えば、支店などに設置するタワー型のサーバーなどにインストールし、ClearOSのマーケットプレイスで用意された定型のアプリケーションを利用する、といった運用形態です。
図01. 簡単操作が話題のClearOSでは、直感的な操作で定型のアプリケーションを簡単にインストールできるマーケットプレイスのGUIを標準装備している
よくある利用法としては、支店に設置するファイルサーバーなどが挙げられるでしょう。支店の業務で利用するファイルサーバーは、一般にWindows Serverなどが採用されますが、ClearOSは、マーケットプレイスからSambaを選択可能です。Sambaは、Windowsファイルサーバーと同様のファイル共有機能などを提供します。ClearOSの管理画面からは、あまり複雑で高度なことはできませんが、単なるファイル保管庫を手軽に用意したいというレベルであれば、ClearOSが選択肢にあがるでしょう。
図02. ClearOSのマーケットプレイスから、サーバー向けのパッケージを選択し、簡単にサービスを起動できる。SambaによるWindowsファイル共有サービスも提供可能
ClearOSのエディション
ClearOSは、コミュニティエディション、ホームエディション、そして、ビジネスエディションの3つのエディションからなります。以下では、3つのエディションについて簡単に紹介します。
ClearOS コミュニティエディション
コミュニティエディション(2018年4月現在では、ClearOS 7 Community Edition)は、おもに最新のパッケージなどを駆使した開発や最新ソフトウェアの動作テストなどで利用されます。コミュニティエディションは、Linuxサーバーオペレーティングシステムであるため、クライアント用OSではありません。あくまで、サーバーOSであり、RHELやCentOSと同様に、サーバー用のソフトウェアを稼働させるOSという位置づけです。このコミュニティエディションは、最先端のソースコードの開発に関わるLinux OSやミドルウェア、アプリケーションの開発者、ベータテスト技術者などを対象にしています。
また、ユーザーのコミュニティが存在し、誰もがフォーラムでディスカッションに参加できます。コミュニティによる技術的なディスカッションの場は、あくまでコミュニティ同士の情報交換の場であるため、ベンダーによる有償サポートは一切ありません。そのため、不具合に遭遇した場合の問題解決は、コミュニティのディスカッションで展開された情報を参考にしつつも、ユーザー自身で行う必要があります。
コミュニティエディションでは、更新ソフトウェア、バグ修正、パッチ、セキュリティ修正を無償で入手できます。ただし、これらのソフトウェアは、完全にテストされているものではなく、あくまで自己責任で利用しなければなりません。そのため、ソフトウェアをアップデートしても、必ずしも安定動作が保証されるわけではありません。
ClearOS ホームエディション
一方、ホームエディションは、家庭内での利用を想定したものであり、ベンダーによるプロフェッショナルサポートが得られます。ホームエディションの活用例としては、家庭内での動画や音楽ファイル、写真などの保管庫やメディア・サーバーがあげられます。
ClearOSのホームエディションでは、Plex Media Serverとよばれるストリーミング用のアプリケーションを稼働させることができます。Plex Media Serverは、ネットワーク上にあるユーザーのデバイス端末に動画や音楽などをストリーミング配信します。
ClearOS ビジネスエディション
ビジネスエディションは、テスト済みの安定版ソフトウェアから構成されるサーバーシステムで利用するエディションです。ホームオフィスから中小企業での利用を想定し、非常に分かりやすく簡潔なWeb管理画面で、サーバーシステムを構築できるようになっています。サーバーシステム用のOSであるため、当然コミュニティエディションとは異なり、業務の本番システムで利用されます。
ClearOSの品質テストをパスした安定したソフトウェアコードと更新パッケージのみで構成されており、パッケージのアップデート、バグ修正、パッチ、セキュリティ修正の適用機能を提供しています。また、企業での利用を想定しているため、ドメイン制御や、ネットワーク帯域幅制御、メッセージングなどの機能をサポートしています。さらに、世界各地で支店を運営している場合でも、それらの別々の地域のネットワークを1つの仮想的なプライベートネットワークとして機能させるVPN(Virtual Private Network)機能も搭載しています。
以下にClearOSの各エディションの特徴をピックアップし、まとめておきます。
コミュニティエディション | ホームエディション | ビジネスエディション |
---|---|---|
コミュニティ主導で開発 | テスト済みのコードで構成 | テスト済のコードで構成 |
本番利用ではなく開発用 | セキュリティ修正 | セキュリティ保護、修正 |
ベンダーサポートはなし | 家庭内利用 | 企業での利用を想定 |
技術者コミュニティが存在 | 年間36ドルから開始可能 | 年間108ドルから開始可能 |
米国ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)とのアライアンス強化
ClearCenter社とHPEは、アライアンス強化に力を入れています。具体的には、ClearOSの動作認定サーバーとしてのHPEサーバーの拡充や、HPEサーバーに搭載されている「Intelligent Provisioning」と呼ばれるセットアップ機能を使ったClearOSのインストール機能の搭載、ClearOSをHPEサーバーに簡単に導入するための技術文書の公開など、様々な取り組みを行っています。
ClearOSは、インストーラーのisoイメージが提供されており、CentOSと同様の操作感覚で簡単にインストールできます。インストール時にネットワークの設定を行っておけば、インストール直後から、WebブラウザによってマーケットプレイスのGUI管理画面にアクセスできます。
ClearOSのisoイメージの入手先:
https://mirror.clearos.com/clearos/7/iso/x86_64/ClearOS-DVD-x86_64.iso
図03. HPEサーバーに搭載されたIntelligent Provisioning機能により、ClearOSをインストールすることが可能
図04. ClearOSは、CentOSと同様の操作感覚で簡単にインストールできる
ClearCenter社とHPEが協力して、さまざまなユーザー向けのドキュメントを公開しています。英語ですが、一読をおすすめします。
- ClearOS FAQ集:
https://www.clearos.com/images/FAQ-Redefine-The-Server-HPE-ProLiant-Server-With-ClearOS.pdf
- ClearOSの特徴やメリットを掲載したクイックリファレンス:
https://www.clearos.com/images/Quick-Reference-Card-HPE-ProLiant-Servers-With-ClearOS.pdf
- ClearOSのインストールガイド
https://www.clearos.com/images/ClearOS-7-on-HPE-ProLiant-Servers-Installation-Guide.pdf
- ClearOSの基本設定ガイド
https://www.clearos.com/images/ClearOS-7-HPE-ProLiant-Servers-Configuration-Guide.pdf
最後に
2016年5月からスタートしたエバンジェリスト古賀政純による連載「オープンソース・Linux超入門」も、今回が最終回です。2年間にわたり、オープンソース・Linuxを駆使したシステム基盤導入にかかわる入門レベルの、非常に基礎的な内容をご紹介してきました。
近年は、ビッグデータ、IoT、人工知能、クラウドといったシステムにおいて、オープンソース・Linuxはなくてはならないものになりました。オープンソース・Linuxの世界は、進歩の速度が速く、新技術などのトレンド情報、事例収集、システムの構築、そして、保守サポートも含め、ITシステム自体が非常に高度化し、ついていくのが大変かと思います。前世紀のオープンソース・Linuxは、「無料で入手できるパソコン用のOSや個人向けソフト」というイメージが強くありましたが、今では、企業の基幹システムやビッグデータ、IoT、人工知能基盤など、企業の存続や意思決定に大きく関わるエンタープライズシステムに幅広く採用され、企業活動の発展に大きく寄与する非常に重要なITツールに成長しました。
2020年以降、オープンソースを駆使したLinux基盤は、ますます高度化し、今までとは比べ物にならないくらいの自動化や知的情報処理が行われるといわれています。非常に先進的なクラウド技術や魅力的なオープンソースが次々と世の中に登場し、どれから手をつけていいのかわからなくなってしまうかもしれません。しかし、多くのIT基盤の導入前に注意すべき点、勘所は、細かい技術的な内容は異なるにせよ、「ITは、ビジネスや組織活動を推進するためのツールの一つである」という非常に基本的な点は、今も昔も全く変わりません。複雑化したITシステムの導入の勘所をつかむためにも、単なる技術的な機能の有無を調べるのではなく、ぜひ今一度、本連載の内容を見直してみてください。特に、経営や事業推進の意思決定に関わる皆様は、本連載第1回、第2回をもう一度見直して、オープンソース・Linuxにかかわる人材、技術者のあり方にも目を向けてみてください。
また、オープンソースやLinuxに関わったことのない技術者の方は、はじめは小規模でも構わないので、実際に手を動かしてCentOSやUbuntu Serverなどをインストールし、オープンソース・Linuxがもたらす世界を体感し、単なる構築手順や操作方法だけでなく、今後、自分たちが持つべき技術や能力は何かについて今一度考えてみてください。
約2年間にわたり、多くの読者の皆様から、多くの励ましの声や貴重なご意見をいただきました。また、本連載を執筆するにあたり、関係者の皆様から多大なるご支援をいただきました。本当にありがとうございました。
【筆者プロフィール】
古賀政純(こが・まさずみ)
日本ヒューレット・パッカード株式会社
オープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリスト
兵庫県伊丹市出身。1996年頃からオープンソースに携わる。2000年よりUNIXサーバーのSE及びスーパーコンピューターの並列計算プログラミング講師、SIを経験。2006年、米国ヒューレット・パッカードからLinux技術の伝道師として「OpenSource and Linux Ambassador Hall of Fame」を2年連続受賞。プリセールスMVPを4度受賞。
現在は、日本ヒューレット・パッカードにて、Hadoop、Spark、Docker、OpenStack、Linux、FreeBSDなどのサーバー基盤のプリセールスSE、文書執筆を担当。日本ヒューレット・パッカードが認定するオープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリストとして、メディアでの連載記事執筆、講演活動なども行っている。Red Hat Certified Virtualization Administrator, Novell Certified Linux Professional, Red Hat Certified System Administrator in Red Hat OpenStack, Cloudera Certified Administrator for Apache Hadoopなどの技術者認定資格を保有。著書に「Mesos実践ガイド」「Docker 実践ガイド」「CentOS 7実践ガイド」「OpenStack 実践ガイド」「Ubuntu Server実践入門」などがある。趣味はレーシングカートとビリヤード。