最新技術は、なぜオープンソースから生まれるのか?
オープンソース、または、オープンソースソフトウェア(Open Source Softwareの頭文字をとってOSSと略します)とは、ソースコードと呼ばれるソフトウェアの設計図をオープン(=公開)にすることにより、世界中の技術者達で開発、改良されるソフトウェアのことです。今、ITの世界において、クラウド、ビッグデータをはじめ、最新のテクノロジーは、オープンソースソフトウェアから生まれています。
そもそも、それはなぜなのでしょうか?
オープンソースは、現在、世界中の技術者コミュニティによって支えられています。オープンソースソフトウェアは、世界中の個人のコミュニティ以外にも、クラウド基盤ソフトウェアのOpenStack(オープンスタック)のように競合のベンダー同士が開発コミュニティを形成して開発にあたっています。この個人、競合ベンダー双方を合わせた世界中のコミュニティの開発者のおかげで、1社のベンダーでは実現不可能ともいえる猛烈な開発スピード、多様な意見交換、非常に斬新なアイデアなどが最先端の技術としてオープンソースソフトウェアに惜しげもなく注入されています。
もはやベンダー1社のクローズドな開発だけでは、到底スピードで勝てない状況になってきているのです。最新技術が猛烈な勢いで注がれるオープンソースに企業が頼らざるを得ないといっても過言ではありません。代表的なOSSとしては、Linux(リナックス)とよばれるオペレーティングシステム、ビッグデータ処理基盤ソフトウェアのHadoop(ハドゥープ)、そして、クラウド基盤ソフトウェアのOpenStackなどがあげられます。OpenStackは、もともと、アメリカ航空宇宙局NASAとホスティングを手がけるサービスプロバイダー大手Rackspace(ラックスペース)社が精力的に取り組んでいました。
その後、多くの企業が参画し、たとえ競合ベンダー同士であっても、情報交換を行いながらOpenStackの開発が進んできました。2015年10月にリリースされたOpenStackのLiberty(リバティー)と呼ばれるバージョンにおいては、開発に貢献している企業として、1位がヒューレットパッカード、2位がOpenStackを手がけるMirantis(ミランティス)社、3位がRed Hat社となっており、どれも自社の戦略的なクラウド製品にOpenStackを組み込んでいます。
図. OpenStack Libertyの貢献企業ランキング(出典:https://stackalytics.com/?release=liberty)
目の前にいるオープンソースの技術者達が「企業の宝」になっていますか?
しかし、そもそも、ベンダーに所属する技術者は、なぜ開発したソフトウェアを公開するのでしょうか?よく言われる誤解が「オープンソースは、ボランティアだ」というフレーズです。世界中のコミュニティは、自分たちの開発したソフトウェアを公開していますが、それは、決してボランティア活動ではありません。むしろ、通常の業務としてしっかり給料をもらってソフトウェアを開発しているのです。
世界中の技術者が集まると、情報交換のコミュニティが形成され、ソフトウェアの改良が猛烈な勢いで行われます。企業は、他社に比べて優位性を確保するため、いち早く先進的な機能を組み込む必要があります。企業は、その猛烈な勢いで作られたソフトウェアを自社のシステムや製品にいち早く組み込むことで、付加価値や競争力のある製品のリリースにつなげるわけです。
と、ここまでは、経済紙やIT情報誌などでよく書かれている内容とさほど違いはないのですが、オープンソースを20年以上かかわってきた筆者個人がもっとも感じ、常に強調したいことは、「オープンソースを駆使する技術者は、企業や組織体の宝になる可能性を大きく秘めている」ということです。
しかし、「オープンソースは、無料で使えるソフトだから、一部では使っているけど、企業や組織の宝になるなんて、ウチの会社には関係ない話」「オープンソース技術なんて、ビジネスに結びつかない」「単なるコスト削減策でしょ?」という声をよく耳にします。しかし、それは、本当にオープンソース技術を使っている、あるいは、オープンソース技術を駆使し、企業や組織体の発展に役立てているといえるのでしょうか?日本の企業や組織体の多くがそのようなオープンソースをうまく使いこなしていない状況において、そこには、日本のIT基盤技術者の悲しい現実が浮かび上がってきます。
例えば、以下のような例が想定されます。
- 『24時間、戦エマスカ?ジャパニーズ技術者』
- 利用者が数百人規模のシステムで、コスト削減効果のあるオープンソースデータベースMySQL(マイエスキューエル)と独自開発の社外秘アプリが稼働する高可用性システムを入れたが、オープンソースのデータベースと社外秘アプリの両方に詳しい技術者が数人しかおらず、そのシステムが停止すると、海外と日本全国の支店の業務に影響が出るので、その技術者数人が仕方なく交代でずっと面倒を見るという栄養ドリンク必携の毎日
- 『予算カツカツ…ボランティア活動家になりつつある技術者』
- 「顧客のニーズの変化に追随するのではなく、ドラスティックに自ら変革し、自社の戦略的な意思決定をITで支援する」という社長の大号令のもと、オープンソースのビジネスインテリジェンスのソフトウェアPentaho(ペンタホ)を入れたが、ユーザーからのソフトの使い方、トラブルシューティングの電話対応を設計技術者一人が本来の業務外で行っており、本人の仕事へのモチベーションが極端に低下していることが判明したが、低予算と少人数で走ったプロジェクトであり、技術者の現状を維持せざるを得ない。ドラスティックに変革するはずなのに…
- 『掘っても小判が出るとは限らない?リスクは絶対回避の経営層と開発部門』
- 「Hadoopが動くビッグデータ処理基盤を入れても、新しい知見が得られるかどうかわからないし、そんな不明瞭なシステムに予算など割り当てようがない」という経営層の意見や、「ビッグデータ用のアプリ開発をしようにも、なにから手をつけていいのかわからない」というIT部門の開発者の意見があり、結局、データは膨大に溜まっているにもかかわらず、会社は、ビッグデータに対して2年半ほど何もせずにいる
- 『技術より経営?技術者ノウハウが新規ビジネス創出に無関係だと思い込む会社』
- 熟練技術者が、オープンソースのファイル共有サービスのSamba(サンバ)の性能評価や、改良点、不具合の情報、Sambaと高可用性ソフトを使った業務継続計画の立案ポイント等に関する非常に貴重なノウハウを社内に幅広く共有しているものの、あまりにも内容が高度で詳細な技術情報であるため、ノウハウの習得も面倒そうだから新規ビジネス創出には無理と判断されてしまい、放置されている
一見、オープンソースに携わっているように見えるのですが、上記のような状況では、「会社の使い捨ての駒のように動かされている」という意識が技術者に芽生えてしまうのです。
「仕方ないじゃないか、それが仕事なのだから」という方もいるかもしれません。
たとえそのような状況であっても、技術者が企業にとって不可欠な存在になっており、技術者自身がやる気に満ち、対価をもらい、モチベーションが高く維持できていれば全く問題はないのですが、多くは、「やらされている感が満載」、あるいは、「儲からない人=オープンソース技術者、技術オタク」というレッテルを貼られてしまった技術者が数多く存在し、技術者のもつスキルを企業価値や製品価値の向上、経営戦略、事業戦略、情報戦略に生かすことができずにいる企業や組織体が日本には数多く存在するのです。
図:一見オープンソースを使っているかのように見える従来の基盤技術者の在り方。独自の内製ソフトの開発やシステム運用が閉じた世界で完結しており、技術者の斬新な発想や自社への貢献、モチベーションとは無関係に事が進んでしまっている
しかし、海外のオープンソースを駆使する技術者は、日本と様子がかなり異なります。企業の駒という意識もなければ、仕方ないという意見もほとんどありません。非常に前衛的で、ベンチャー意識があり、オープンソースを駆使する起業家、IT部門、CIOの多くは、技術者の渇望、アイデアを源泉とし、オープンソースを戦略的に自分の製品に組み込み、利益の出るビジネスをまわす仕組みを考えています。
決して「オープンソースは、所詮コスト削減の仕事、会社の歯車でも仕方ない」ということではなく、技術者は、「様々なコミュニティの画期的な意見を取り入れた新製品を生み出す人=企業価値を高めるために必要不可欠なもの」であり、「投資家から資金を得るための貴重な存在=オープンソース技術者」という考え方なのです。
これは、まさしく技術者が企業にとっての「宝」であることを意味します。
技術者には、社会に貢献したい、または、最新技術を「自慢したい」ということもあるでしょう。それをオープンソース化し、コミュニティの意見交換やノウハウ、苦労話の共有を行うことで、様々な知見が得られます。そして、その知見をオープンソースとして組み込み、自社製品に活かし、新しいビジネスを作り出します。新しいビジネスを生み出す可能性があると、企業や組織体は、その「オープンソース技術」と「人」に投資します。結果的に、その技術者のモチベーション向上や存在意義が高まり、さらなる渇望へとつながるわけです。
図. 技術者が企業の宝になっていますか?
図. 技術者の渇望とオープンソース。技術者は、企業、組織体、社会に貢献することを考えている。技術書の出版、コミュニティでの講演、技術情報の提供、ソフトウェアの国際化、文書化など、様々な活動で技術者の渇望が存在する
「CEOが知っておくべきオープンソース革新」の前編をお送りしました。中編では、オープンソース技術者に必要なものについて、ご紹介します。次回もお楽しみに。
【筆者プロフィール】
古賀政純(こが・まさずみ)
日本ヒューレット・パッカード株式会社
オープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリスト
兵庫県伊丹市出身。1996年頃からオープンソースに携わる。2000年よりUNIXサーバーのSE及びスーパーコンピューターの並列計算プログラミング講師、SIを経験。2006年、米国ヒューレット・パッカードからLinux技術の伝道師として「OpenSource and Linux Ambassador Hall of Fame」を2年連続受賞。プリセールスMVPを4度受賞。
現在は、日本ヒューレット・パッカードにて、Hadoop、Spark、Docker、OpenStack、Linux、FreeBSDなどのサーバー基盤のプリセールスSE、文書執筆を担当。日本ヒューレット・パッカードが認定するオープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリストとして、メディアでの連載記事執筆、講演活動なども行っている。Red Hat Certified Virtualization Administrator, Novell Certified Linux Professional, Red Hat Certified System Administrator in Red Hat OpenStack, Cloudera Certified Administrator for Apache Hadoopなどの技術者認定資格を保有。著書に「Mesos実践ガイド」「Docker 実践ガイド」「CentOS 7実践ガイド」「OpenStack 実践ガイド」「Ubuntu Server実践入門」などがある。趣味はレーシングカートとビリヤード。