2000年代初頭のLinuxブームと2017年のLinux事情
2000年代初頭、Linuxブームといわれる導入ラッシュのような時期がありました。当時は、Webフロントエンドへの導入が盛んに行われましたが、ミッションクリティカル領域での適用は、まだ難しいという状況でした。
今もそうですが、ミッションクリティカルシステムにおけるデータベースというと、UNIXサーバーやNonstopサーバーといった無停止型サーバーで稼働させることが多く、特にミッションクリティカル領域では、今も昔も、UNIXや無停止型サーバー対応のデータベースの専門家によるチューニングやインテグレーション能力などが重要視されています。単に「データベースをインストールして動きました」では、ミッションクリティカルシステムは全く通用しないため、「専門家による導入・構築ノウハウ」が必要なのです。
一方、2000年初頭のLinuxの状況といえば、そのLinux OS自体、無料で提供されていたものが多く、学術分野では盛んに導入されていました。しかし、企業システム、特にミッションクリティカル領域への導入実績があまり無かった点や、無料のLinux OSを導入する際のユーザーとベンダーの責任範囲が明確でなかった点、さらに、Linuxカーネル(OSの中核部分をなすソフトウェア)やミドルウェア群がエンタープライズ領域で必要とされる安定した機能を備えていなかったこともあり、導入を見送ることが少なくありませんでした。
筆者も入社したすぐの頃は、UNIXでのシステム提案が多く、x86サーバーで稼働するデータベースシステムといっても、部門レベルでの非常に小規模なオープンソースのデータベースソフトウェアと無償のLinux OSが利用されるぐらいでした。
図. 2000年代初頭に筆者が提案していたUNIXシステムとLinuxシステム
ちなみに、筆者は、2003年ごろ、Linuxベースの高可用性ミドルウェア(HAクラスターソフトウェア)の技術を担当していました。当時の日本において、LinuxベースのHAクラスターソフトウェアのベースOSは、「エンタープライズLinux」の冠が付く以前の「Red Hat Linux」でした。日本と米国では、Red Hat Linuxが圧倒的に多かったのですが、欧州は、SUSE Linuxが高可用性システムに採用されているという状況でした。
Linuxで稼働するHAクラスターソフトウェアとしては、2017年現在も、HPEが開発しているHPE Serviceguard for Linux(通称、SGLX)や、サイオステクノロジー社が提供しているLifeKeeper for Linux、さらに、NEC社のCLUSTERPRO for Linuxなどがあります。LifeKeeper for Linuxは、2000年代初頭からSIOS社と旧コンパックコンピュータ(現HPE)が共同で、Red HatベースのHAクラスターパッケージソリューションを日本国内で展開していました。筆者も若かりし時代に、Red Hat LinuxベースのLifeKeeperのパッケージ構成をお客様に提案していました。
■2000年代初頭のサイオス社と旧コンパックコンピュータ(現HPE)が提供するRed Hat LinuxベースのLifeKeeper技術情報:
現在でも、RHELやSLESで稼働するHPE Serviceguard for Linuxや、RHELで稼働するLifeKeeper for Linuxの情報をHPEから提供しています。
■2017年現在のHPE Serviceguard for LinuxやRHELで稼働するLifeKeeper for Linuxの技術情報:
https://h50146.www5.hpe.com/products/software/oe/linux/mainstream/support/doc/other/ha_cluster/
現在では、高可用性システムにおけるエンタープライズLinuxとして、Red Hat Enterprise Linux(RHEL)やSUSE Linux Enterprise Server(SLES)が確固たる地位を確保しており、ハードウェアレベルで担保できる可用性のレベルはもちろんのこと、RHELやSLESに対応した高可用性ミドルウェアやOSのアドオン機能などを合わせて知っておく必要があります。
ミッションクリティカルLinuxに必要とされるもの
2017年現在、いまや企業のITシステムにおいて、Linuxは欠かせないものになっています。Linux OS自体がエンタープライズ利用に特化した機能、安定性を獲得しただけでなく、ハードウェアベンダーとLinuxの提供元が協調したサポート体制も商用UNIXシステム並みに充実しており、実際にLinuxベースの大規模システムが数多く導入され安定稼動しています。
WebフロントエンドのエッジサーバーやWebアプリケーションサーバーで稼動させていたLinuxは、現在、比較的大規模なデータベースサーバーシステムでも普通に導入されています。企業の基幹システムでも商用データベースが稼働する大規模なLinuxシステム、すなわち、ミッションクリティカルシステムへのLinuxとオープンソースソフトウェアの適用が行われています。
以前の連載記事(https://oss.sios.com/guest-blog/guest-bog-20160622_2)でもご紹介しましたが、このようなミッションクリティカルシステムへLinuxを適用するためには、耐障害性を高めたカーネル、ドライバー、高可用性ミドルウェア、Linux OS自体のサポート体制が不可欠です。
UNIXシステムやメインフレームで培われたミドルウェア等がLinuxに移植されることももちろんありますが、Linux OS自体の品質の向上、エンタープライズ用途向けのカーネルの機能拡張、大規模なデータを保管する安定したファイルシステムの採用など、多くの技術革新がLinuxに取り込まれています。そのため、ミッションクリティカルシステム以外にも、様々なシステムにミッションクリティカルLinuxで培われたテクノロジーが利用されています。
図. 2000年代初頭のLinuxブームと2017年現在のLinuxを取り巻く環境
ミッションクリティカルシステムにおけるオープンソースデータベースの利用
ミッションクリティカル領域のOracleデータベース基盤では、RHELなども採用されていますが、インメモリデータベース基盤(例えば、SAP HANA)などでは、その親和性の高さからSLESの採用が見られます。
以前の連載記事(https://oss.sios.com/guest-blog/guest-bog-20160622_2)でも述べましたが、最近は、ミッションクリティカル分野でも商用のデータベースに取って代わって、RHELやSLESでオープンソースデータベース(通称、OSS-DB)を稼働させることも検討されるようになりました。RHELやSLESの機能強化や安定性向上だけでなく、オープンソースのMySQLやPostgreSQLのエンタープライズレベルの機能強化、安定性の向上が進んできており、ミッションクリティカル領域への採用が進んできています。
ただし、UNIXで稼働する商用のデータベースから商用Linuxで稼働するOSS-DBへの移行のハードルは決して低くなく、単なるデータベースソフトウェアのインストールという簡単な話では済みません。RHELやSLESにおけるデータベース向けのチューニングポイントはもちろんのこと、各種ミドルウェア、ミッションクリティカルレベルの要求に応えるスクリプトの構築、商用データベースとOSS-DBの両方の仕組みを知り尽くした技術者による技術コンサルティングなどが必要であり、豊富な経験とノウハウを必要とします。
近年、エンタープライズ用途のLinux OSやオープンソースソフトウェアは、その安定性や使い勝手などに目覚しい発展がみられますが、商用データベースとOSS-DBの表面的な知識だけでは太刀打ちできません。ミッションクリティカル向けのサーバーハードウェア、ミッションクリティカルLinux、高可用性ミドルウェア、アプリケーションまでトータルに精通した技術コンサルタントが必要とされていますが、慢性的に人材が不足しているのが現実です。ミッションクリティカルLinuxの提案や技術コンサルティング、RHELやSLESをベースとした高可用性クラスターソフトウェアとOSS-DBのインテグレーション能力、システムの安定稼動のための運用ノウハウの習得、迅速でかつ精度の高い保守サポートなどが必要です。
エンタープライズLinuxでは、単なるRHELやSLESにOSSをインストールすれば終わりということはなく、しかるべき経験を持って判断が下せる人材の確保と、実働部隊による質の高い導入コンサルティングの実践能力が必要です。
2000年代初頭と現在のLinux環境を比べると、適用範囲の拡大だけでなく、新しいテクノロジーを使った新規ビジネスの開拓にオープンソース・Linuxが採用される傾向にあります。2000年当時のLinuxの適用範囲が今から比べると非常に規模も限定的だったことは否めませんが、それでも新規ビジネスに挑戦する際になんとかオープンソース・Linuxを活用する戦略自体は、昔も今もあまり変わりません。
その戦略を実際にビジネス拡大に結び付けるためには、根底にあるオープンソース・Linuxの技術面での裏づけが必要です。ビジネス要件を満たすことができる「技術面での高い信頼性」を確保しなければ、戦略は単なる絵に書いた餅になってしまいます。そういう意味で、今も昔も、オープンソース・Linuxを活用したシステムを安定的に実稼働させるには、単なるインストールの容易さや、操作性の向上、開発ツールの利便性といった表面的な観点だけでなく、責任範囲の明確化を意識した動作確認情報や技術検証結果に基づく確固たる「エビデンス」が必要です。
図. 責任範囲の明確化を意識した動作確認情報や技術検証結果などの確固たる「エビデンス」が必要
ちなみに、HPEは、1999年から、オープンソース・Linuxに関する日本独自の取り組みを行っており、HPEのWebサイト「Linux・BSD技術情報サイト」で、Linuxやオープンソースソフトウェア、さらには、FreeBSDといったBSD系のOSにまつわる動作認定情報、動作確認情報、技術文書などを公開しています。筆者も2003年から「Linux・BSD技術情報サイト」の技術文書や記事などの執筆に携わっています。新製品が登場すると、それに対応したLinux OSのバージョンや必要なドライバー類、さらには、オープンソースソフトウェアの詳細な技術文書などを掲載していますので、是非ご覧下さい。
■1999年から続くHPEの日本独自のLinux・BSD技術情報サイト:
・Linux情報
・BSD情報
図. オープンソース・Linuxの利活用では、技術検証結果に基づくエビデンスによって、責任範囲の明確化が重要である。HPEは、Linuxサーバーシステム導入の際に必要となる動作確認情報や技術文書を公開している
今回は、サーバー向けのLinux 環境について、過去のLinuxサーバーの適用範囲や、2017年現在の最新のLinux OS事情を簡単にご紹介しました。次回は、Linuxを取り巻くソリューションについてご紹介します。お楽しみに。
【筆者プロフィール】
古賀政純(こが・まさずみ)
日本ヒューレット・パッカード株式会社
オープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリスト
兵庫県伊丹市出身。1996年頃からオープンソースに携わる。2000年よりUNIXサーバーのSE及びスーパーコンピューターの並列計算プログラミング講師、SIを経験。2006年、米国ヒューレット・パッカードからLinux技術の伝道師として「OpenSource and Linux Ambassador Hall of Fame」を2年連続受賞。プリセールスMVPを4度受賞。
現在は、日本ヒューレット・パッカードにて、Hadoop、Spark、Docker、OpenStack、Linux、FreeBSDなどのサーバー基盤のプリセールスSE、文書執筆を担当。日本ヒューレット・パッカードが認定するオープンソース・Linuxテクノロジーエバンジェリストとして、メディアでの連載記事執筆、講演活動なども行っている。Red Hat Certified Virtualization Administrator, Novell Certified Linux Professional, Red Hat Certified System Administrator in Red Hat OpenStack, Cloudera Certified Administrator for Apache Hadoopなどの技術者認定資格を保有。著書に「Mesos実践ガイド」「Docker 実践ガイド」「CentOS 7実践ガイド」「OpenStack 実践ガイド」「Ubuntu Server実践入門」などがある。趣味はレーシングカートとビリヤード。