はじめに
PSSLの佐々木です。
最近、仕事の中や技術ブログ、登壇資料を見ていてこんな場面に出会うことが増えました。
- チャットで質問したら、AIが生成したと思われる長文がそのまま貼り付けられて返ってくる
- 資料が、AIに作らせたスライドをほぼ無加工で並べたものになっている
- 記事や文書の中に必要なことは記載されているがそれ以外の情報も多すぎて読み手のコストが非常に高い
私自身、業務で毎日のようにAIを使っています。AIを使うことで非常に効率的に仕事を進めることができるようになった反面、文章や資料、記事の読み手が頑張って読まないと理解できない文章が多くなっていると感じるようにもなりました。
私も10年ほど前にこの本を読みましたがこのタイミングで再読をしてみました。
この記事では、1981年に出版されたロングセラー、木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書)を手がかりに、「伝える側が頑張る」とはどういうことかを整理したいと思います。
AIの出力を貼るだけだと、何が起きているのか
結論から言うと、理解するコストが書き手から読み手に押し付けられています。
AIの出力は、一般論としてはそれらしく、網羅的で、長くなりがちです。しかし、その文章は「いま目の前にいる相手」のために書かれたものではありません。そのプロジェクト内での共通認識(コンテキスト)をAIが持っていないので相手が知りたいことを伝えるのに不必要な前提を文書化していたり、不要な周辺情報を文章に含めていたりとかなりノイズが多い文章が生成されています。
それをそのまま渡すと、読み手は次の作業を自分でやることになります。
書き手:プロンプトを打つ → 出力をコピー → 貼る(数十秒)
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読み手:全文を読む → 自分に関係する部分を探す
→ どこまでが事実でどこからが推測か見極める
→ 書き手の意図を推測する → 結局、質問し直す(数分〜数十分)
伝える側は数十秒で済み、受け取る側が数分から数十分を払う。しかも受け手が複数人いれば、そのコストは人数分かかります。本来、文章を整えるコストは書き手が一度だけ払えば済むものです。
さらに厄介なのは、貼った本人が中身を説明できないケースです。「この部分はどういう意味ですか」と聞いても、「AIがそう書いていたので」と返ってくる。これでは文書ではなく、読み手への宿題になってしまいます。
伝える側が楽をして、受け手が頑張って理解する。この構図を逆にしよう、というのがこの記事の主張です。
『理科系の作文技術』とはどんな本か
本書が対象にしているのは、文学的な名文ではありません。読み手に必要な情報を、正確に、速く伝えるための文章です。著者は一貫して、仕事の文書は「読み手が読んで理解し、行動できること」が目的だという立場をとっています。
これは、まさにいま私たちがチャットや資料で毎日やっていることそのものです。Slackの返信も、設計レビューのスライドも、顧客への説明メールも、すべて「仕事の文書」です。
| 観点 | 本書が想定する文書 | いまの職場に置き換えると |
|---|---|---|
| 目的 | 読み手に事実と考えを伝える | 相手に判断・行動してもらう |
| 読み手 | 忙しく、必要な情報だけ欲しい人 | 上司、顧客、チームメンバー |
| 求められる性質 | 明快・簡潔・正確 | 短時間で誤解なく伝わる |
本書から学ぶ、相手に伝えるための6つの原則
本書には多くの技術が書かれていますが、ここでは「AIの出力を貼るだけ」問題に特に効くものを6つ取り上げます。
1. 書く前に、読み手を決める
本書が最初に求めるのは、誰が読むのか、その人は何を知っていて何を知りたいのかを考えることです。同じ内容でも、相手が部長なのか、隣の席のエンジニアなのか、顧客の担当者なのかで、書くべきことは変わります。
AIは読み手を知りません。プロンプトで伝えない限り、「平均的な誰か」に向けた文章を出してきます。読み手を想定する作業は、書き手にしかできません。
本書は理科系の文章の鉄則として、「必要なことは洩れなく記述し、必要でないことは一つも書かない」ことを挙げています。何が必要で何が不要かは、読み手を決めて初めて判断できます。AIの網羅的な出力には、その相手にとって不要な情報が大量に含まれています。それを削るのは書き手の仕事です。
2. 何を言いたいのかを、一文で言えるようにする
本書では、書き始める前に「この文書で何を主張するのか」を短い文にまとめておくことを勧めています(本書では「目標規定文」と呼ばれています)。
AIの出力を貼る前に、「結局この文章で相手に何を伝えたいのか」を一文で言えるか試してみてください。言えないなら、それはまだ相手に渡せる状態ではありません。自分が理解していないものは、相手にも伝わりません。
3. 大事なことから先に、全体から細部へ
本書の代表的な考え方の一つが、重点先行主義です。結論や最も重要なことを先に書き、説明や根拠は後に回す。読み手は最初の数行で「読み進めるべきか」「自分に関係あるか」を判断するからです。
AIの出力は「背景 → 一般論 → 観点の列挙 → まとめ」という構成になりがちで、肝心の答えが最後に埋もれていることがよくあります。貼る前に、相手が知りたい答えを一行目に持ってくるだけで、伝わり方は大きく変わります。
本書はあわせて、概観から細部へという順序も説いています。道案内なら、「駅を出て左の果物屋の隣の道を…」と目印を順にたどるより、「駅から北へ200m、そこを左に入って500mほど」と全体像を先に示すほうが分かりやすい、という例です。全体像が分かっていれば、読み手は細部を「ゴールに向かう要素」として落ち着いて読めます。
この考え方は段落の単位でも同じです。各段落の冒頭にその段落の要点(トピック・センテンス)を置けば、段落の1文目だけをつなげて読むと文章全体の要約になります。AIの出力を手直しするときは、各段落の1文目だけを読んで話が通じるか確かめてみてください。
4. 事実と意見を書き分ける
本書が強く求めるのが、事実と意見を明確に区別することです。何が確認済みの事実で、何が書き手の判断や推測なのかが分からない文章では、読み手は判断を誤ります。
AIの出力は、検証済みの情報と、もっともらしい推測が同じ調子で並びます。それをそのまま渡すと、読み手は全部を事実として受け取るか、全部を疑うかのどちらかになります。「ここは公式ドキュメントで確認済み」「ここは自分の推測」と書き分けるのは、伝える側の責任です。
5. はっきり、短く書く
本書は、ぼかした表現や不要な修飾を避け、言い切れることは言い切ることを勧めています。また、一文を短くし、一つの段落には一つのことだけを書く(その段落の要点を冒頭の一文で示す)ことも説いています。
AIの文章には「〜と考えられます」「〜する場合もあります」「様々な観点から」といった、責任の所在をぼかす言い回しが多く含まれます。自分が確信していることなら言い切る。確信がないなら、何が分からないのかを具体的に書く。それだけで文章の情報量は増え、長さは減ります。
6. 二通りに読めない文を書く
本書は、その文が一つの意味にしか読めないかを吟味するよう求めています。有名な例が「黒い目のきれいな女の子」です。目が黒いのか、女の子が黒いのか、読点の打ち方ひとつで意味が変わります。主語と述語がねじれた文(例:「〜の指導は二通りの指導がある」)も、読み手を迷わせます。
書き手は自分の意図を知っているので、曖昧さに気づきにくいものです。AIの文章ならなおさらで、自分が書いていない分、どこが二通りに読めるかを見落としがちです。貼る前に、相手の立場で読み返す一手間が必要です。
AI時代の実践:貼る前のチェックリスト
本書の原則を、AIの出力を相手に渡す前のチェックリストにするとこうなります。
- この文章を読むのは誰か、その人が何を知りたいのかを説明できる
- 伝えたいことを一文で言える
- 一行目(またはスライドの1枚目)に結論・答えが書いてある
- 細部の前に全体像を示している
- 各段落の1文目だけを読んでも話が通じる
- 相手に必要ない一般論や網羅的な列挙を削った
- 事実(確認済み)と自分の意見・推測を区別して書いた
- 「〜と考えられます」「様々な」などのぼかし表現を、言い切りか具体的な不明点に直した
- 二通りに読める文、主語と述語がねじれた文がない
- 中身について質問されたら、自分の言葉で答えられる
悪い例と良い例
たとえば、チームメンバーから「このライブラリ、うちのプロジェクトで使っても大丈夫ですか?」と聞かれた場面を考えます。
悪い例(AIの出力をそのまま貼る)
ライブラリの採用にあたっては、様々な観点から検討することが重要です。
1. ライセンス:OSSライセンスには様々な種類があり…
2. メンテナンス状況:コミット頻度やIssueの対応状況を確認することが…
3. セキュリティ:既知の脆弱性がないか確認することが推奨されます…
4. パフォーマンス:…
総合的に判断することが望ましいと考えられます。
質問者は「大丈夫かどうか」を知りたいのに、答えがどこにもありません。確認すべき観点を読み手に返しているだけです。
良い例(AIで調べた上で、自分の言葉で伝える)
使って大丈夫です。ただし1点だけ注意があります。
・ライセンスはMITなので、うちの商用利用で問題ありません(LICENSEファイルで確認済み)
・直近3か月もリリースが続いていて、メンテは活発です
・注意点:v2系に既知の脆弱性があるので、v3以上を指定してください
結論が先にあり、根拠が事実として示され、相手が取るべき行動まで書かれています。AIは調べものに使っていても、伝える作業は書き手がやっています。
「伝える側が頑張る」ことの費用対効果
書き手が5分かけて整えれば、読み手の10分が節約できます。読み手が5人いれば50分です。さらに、誤解による手戻りや「結局どういうこと?」というやり取りも減ります。伝える側が頑張るのは、相手への気遣いであると同時に、チーム全体の生産性を上げる一番安い投資です。
まとめ
- AIの出力をそのまま貼ると、理解するコストが書き手から読み手に押し付けられる
- 『理科系の作文技術』は、仕事の文書を「読み手が理解し行動するためのもの」と位置づけている
- 読み手を決める、言いたいことを一文にする、重点を先に・全体から細部へ書く、事実と意見を分ける、はっきり短く書く、二通りに読めない文を書く
- AIは素材づくりに使い、相手に合わせて組み立て直す作業は自分でやる
AIによって、文章を「作る」コストはほぼゼロになりました。個人の生産性を上げることは、以前よりずっと簡単です。しかし組織全体の生産性を上げるには、伝える側が少しだけ自分でコストをかける必要があります。その少しの手間は、読み手の人数分だけ効いてきます。そう気づいたことが、この本を読み直し、この記事を書いたきっかけでした。
参考文献
- 木下是雄『理科系の作文技術』中公新書、1981年

